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広島高等裁判所 昭和26年(ツ)1号 判決

上告人 被控訴人・被告 河西仲蔵

訴訟代理人 山下勉一

被上告人 控訴人・原告 石田すみ子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人は原判決を破棄し更に相当の裁判を求める旨申立て別紙上告理由書に基いて上告理由を主張した。

よつてその当否について考えるに

上告理由第一点は要するに上告人の先代岩松が旧民法施行当時その所有の本件仏壇をその生前法定推定家督相続人であつた上告人を排して他家の家族である被上告人に贈与したことは我が国古来の醇風美俗に反し従つて民法第九十条によつて無効であると謂うに帰するので、この点について先づ按ずるに、祖先を崇拜し祖先の祭祀を重んずることは我が国古来の醇風美俗であり、従つて旧民法第九百八十七条が系譜、祭具等の所有権は家督相続の特権に属すると定めた所以である。即ち此の法意は被相続人の死亡又は隱居によつて系譜、祭具等の所有権を承け継ぎ祖先の祭祀を行うことを家督相続の特権と定めたのであり従つて家督相続人はこれらの物の相続による承継を放棄することは出来ないし戸主がこれらの物を遺贈の目的としたり隱居の留保財産にしたりすることは法の禁ずるところであるが、一旦承継したこれらの物を相続人が他人に讓渡し又は廃棄し或は戸主がその生前又は相続開始前に他人に売買し贈与する等の処分行為をすることは所有者の自由な権能であつて生前処分を禁ずるものではない(大審院昭和八年六月十四日判決参照)。けだしそのいわゆる特権に属すというのは華族の世襲財産に於けるが如く之を世襲的のものとして随意に処分することを許さないとの意ではない。只これらの物件が相続開始当時存在し戸主の所有に属する場合には家督相続人をして必ず之を保有せしめ祭祀を存続せしめんとするのであつて戸主が既に生前他人に処分した後に於ては相続人は如何ともなし難いのである。即ち戸主がこれらの物を生前処分することは法の許容するところと解せられるのであつて、これを以て直ちにわが国の善良の風俗に反すると解すべきではないから民法第九十条によつて無効と解することも出来ない。

従つて原判決が本件仏壇の生前贈与を無効にあらずと判断した事は相当であつて論旨は理由がない。

上告理由第二点について。

本件贈与が旧民法第九百八十七条によつて禁止されないことと公序良俗に反するかどうかは別の観念であること所論の通りであり、原判決の措辞稍不明確ではあるが結局原判旨は本件仏壇の贈与は旧民法の右法条によつて禁止されないから従つて善良の風俗にも反しないと判示して居ると解せられるので結局第一点説示と同様の趣旨を以て公序良俗に反しないと判断しているのであつて論旨は理由がない。

仍つて民事訴訟法第四百一条第九十五条第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 土田吾郎 裁判官 宮田信夫 裁判官 池田章)

上告代理人山下勉一の上告理由

一、上告人は本件仏壇が上告人先代岩松から被上告人に贈与せられたことを極力否認するものである。しかしこれは不幸にして原審の認むるところとならなかつた。けれども仮に贈与があつたとしてもそれは公序良俗に反するもので民法第九十条によつて無効である。

本件贈与は河西家の戸主たる岩松が法定の推定家督相続人(贈与は旧法当時である)たる上告人を差し措き養子でもない他家(石田家)の家族たる被上告人に対し為されたのである。家督相続は前戸主の一身に専属せるものを除きその他一切権利義務を承継するものである。而してその内容の主要なるものは財産の承継と祖先の祭祀を営むことである。財産を受け継ぎこれを守り且つ殖し而してこれを子孫に伝えること祖先の祭祀を滞りなく営むことかくて一家は祖先より子々孫々に至り永久に連綿として繁栄して限りがないのである。殊に祖先の祭祀は最も重要なものである。これ我が国古来よりの醇風美俗に基くものであるからである他家の先の祭祀を為さしめずして単に財産相続のみで家督相続はあり得ない。

もしそれ岩松が既に隱居して分家し被上告人を養子と為し岩松を祖先とする岩松家の祭祀を被上告人に為さしめるというなれば何をかいわんやである。しかし本件では法定の推定家督相続人を除外して養子に非ざる他家の者に祖先の祭祀を為さしめることを約し贈与したのである。即ち家督相続の最も重要な内容である祖先の祭祀を営むことを剥奪したものであつてこのようなことが許される筈はない。善良な風俗に反することは疑いの余地がなく当然無効であると確信するものである。

二、原判決はこの点に関し旧民法第九百八十七条は生前処分を禁止した趣旨でないから本件贈与は何等善良の風俗に反するものでないと判示したけれどもこれは顧みて他をいうものであつて上告人の右主張に対しては何等判断を与えていないものである。

旧民法第九百八十七条が生前処分を禁じたものでないことは原判決判示のとおりであつて上告人も異議がない。しかし仮令前示規定に依つて生前処分が許されたとしてもそれが公序良俗に反するか否かということは民法第九十条に当るか否かということで全く別の観念である。

上告人主張の前記事実が果して公序良俗に反し民法第九十条に依り無効であるかどうかに付判断すべきであるにかかわらず原判決はこの点に対し何等判示していないのである。これは判決に理由を附しない違法あるものであつて破毀を免れないものと信ずる。

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